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非関税障壁(1)

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非関税障壁(1)

歯車で動く技術

歯車で動く技術
私の知るカナダ人は今でも「私に日本車以外の選択肢はない」と言う。昔、彼の父親は自分のアメ車で頻繁に起こる故障に閉口し、日本車に買い替えたところ、その車が故障知らずで「車の修理から解放されたー!」と感激していた(20年前の話)そうです。
それ以来、彼も父親に倣い日本車に乗っているそうです。

日本の自動車は競争力の高い製品の代表格ですが、その他にカメラ、複合複写機などは最適化された擦り合わせ技術が必要な製品でこれも日本の得意分野です。最高水準の材料とそれから製造される部品、それを精密加工して組付ける最適化技術、そしてその性能を維持する耐久性とメンテナンス性の確保、また大量生産における生産技術、コストと品質管理のノウハウなども網羅的に必要で、これらが自国でカバーできる国は世界に5つもないでしょう。日本はその内の一つです。

しかし、先ほどのカナダ人。所有する携帯電話もパソコンもテレビも日本製ではないんですね。携帯電話も最適化された部品が摺り合わされた製品なんですが・・・・。このコラムではトライボロジーという切り口で日本の工業製品を説明してみたいと思います。

車と携帯電話の違い、それは動く動かないの違い(当たり前ですが)、つまり車には内部に回転・摺動という潤滑されて動く部分があり携帯電話にはないことです。車は燃料噴射装置、車軸、ステアリング、サスペンション、エンジン、変速機、カム、モーターなどミクロン単位、あるいは数十ミクロン単位で加工された部品が潤滑剤を介して回転・摺動する仕組みがある製品ということです。そして、その機能と性能が限りなく長いこと(耐久性)が要求される過酷で精緻な製品だということです。カメラでは鏡筒、複合複写機ではポリゴンミラーなど回転・摺動するキラーパーツが多数あり、それらは流体潤滑や個体潤滑という仕組みでミクロン単位の精度で動いています。この回転・摺動する潤滑の技術を総称してトライボロジーといいます。

トライボロジーはラボの長い年月の積み重ねで習得した繰り返し性のあるデータと、製品化した時の実証データ、つまり再現性が求められ、車など動く工業製品では最も重要な基礎技術の一つです。日本はこのトライボロジーに長け、一つ一つの部品を擦り合わせることで製品化し世界市場を席巻してきたのです。

トライボロジーは金属や樹脂などの材料メーカー、油、高分子などの石油・化学メーカー、また自動車や建機メーカー、そして大学、学会、工業技術院(現産総研)などの公的研究機関が連携して時代の要求に合わせて成果を出してきました。分かりやすい例が車のエンジンオイルです。エンジンオイルの開発ステップが車メーカーのエンジン開発と同期しなければ、今の故障しない日本車はなかったはずです。

車は国際基準で定められた性能と安全性、耐久性がなければ世界で普及しない汎用製品です。その要となるトライボロジーの試験方法は殆どが米国のASTM、ドイツのDIN、イギリスのIPなど欧米の標準規格と決められています。また、その試験装置も標準試験片(テストピース)も殆どが欧米製品です。日本製は認められていません。当時(1980年台)、今のようなインターネット環境がなく欧米の技術情報も限られていた時代に、試験法の解釈や評価など日本人研究者はよくやったと思います。この欧米由来の規格環境と標準化は、日本製品の開発を遠回りさせていたと思います。そのことは欧米が意図していなかったとしても、結果として日本製品輸出の非関税障壁となりました。

障壁を長年かけて克服してきた日本。しかし今、お家芸のトライボロジー技術を生かせない携帯電話などの製品が巨大IT企業と結びつき、世界の工業製品の新しい主役になろうとしています。(非関税障壁(2)に続く)

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